2005.05.30 心のモヤモヤ
相手が自分をどう思っているかより、自分が心の中で感じている気持ちを探して、それを大切にしてみても大丈夫なときがある。
相手の心は見えなくて、自分を信じるしかないときもあるんだから。

自分を相手に表現するとき。どこまで見せていいのか、大丈夫なのか・・・って思う。でもそれは、自分だけじゃなく相手も思ってることなんだと思う。だから、自信を持っていいんだよね。

心ではこうだけど、頭では違うから、納得ができないときや感情を認めたくないときもある。これは自分を保つための葛藤。苦しいけど、あってもいい気持ち。
頑張っているから苦しい。
体験によって気づくこと、力になること、自信になることもあるだろう。
だけど、自分を苦しめているもの、開放できずにいる気持ちも心にはあるんだよね。

そこにいることだけが強いんじゃない。そこから楽になろうとすることも本当の強さ。
同じ場所だけが道じゃない。自分らしさに出会えるところを見つけたい、見つけてみようと思うこと。自分の苦しさをそのまま認めることは、自分自身を受け入れることにもなるよね。
カウンセリング3回目。自分の気持ちをいっぱい言葉にすることができました。夜はバイトだったのですが、いつもより落ち着いてこなせた気がします。抱えていることを吐き出せた(聴いてもらえた)安心感もあるのかなぁ・・・?
文字にすることと直接話すことは、やっぱり違うんだなぁと実感しました。

すぐに良い方向にばかり考えなくても、気持ちのなかに悲しさが100%存在していてもいいということ。苦しさは、そのまま苦しさとして認めてみようということ。
体験のなかで良かったと感じること、自分を苦しめているもの、抱えていることがどんな気持ちとして自分に根付いているか・・・。心の奥を探っていくのは勇気も要る作業ですが、ゆっくり言葉にして楽になっていけたらいいなぁと思います。
以前、小学5年生のときに行った腸骨移植による採骨部の痛みについて書いたことがありました。全然痛まない日もあるのですが、今月に入ってからは、その部分に加え、背部の痛みも続いていたので、先日病院に行ってきました。
外見だけの診察では、内部の様子が十分にわからず、レントゲンでは特別な異常は感じられず・・・念のためということで、MRI検査を受けてみたのです。その結果の日でした。

検査は、採骨部、腰まわりの画像を撮影し、骨の状態、痛みの原因を調べるというものでした。これは、トンネルのような機械に30分くらい寝ているだけで、検査の痛みなどはまったくありませんでした。
結果として・・・採骨部(左)は骨が成長し、右に比べると“へこみ”はあるものの、ほとんど採骨したことがわからなくなっているということ。痛みの根本的な原因は手術ではなく、神経痛か冷え性、外部からの締め付け(洋服など)であろう。
何年経っても、大切にしなければならない「場所」なのだと思います。
背部については、左右の骨のバランスがわずかではあるけれど異なるので、負担がかかりやすいことは否定できない。しかしそれは、手術のせいではなく、「そくわん」という背骨の異常によって、痛みが出たり疲れを感じていると思われる・・・ということでした。
今回は、先日からいただいている飲み薬(痛み止め)である程度治まってきました。結果的に安心できた部分も大きいので、冬など痛みが頻繁で強いときに、また診察に行きたいと思います。普段は、自分の身体とうまく付き合い、痛んだときは、「最近疲れているのかな?身体冷やしちゃってるかな?」くらいの気持ちで受け取るつもりです。
空きコマに、友達と久々に語ることができました☆人前での怖さ、緊張、「意識しない」という意識・・・。自分だけが抱えているものじゃなかったんだね。不安を持っていながらも、その感情を自然なものとして受けとめられるようになるといいな。
今日話せた友達には、わたしが悩んだとき、いつも前向きさを教えてもらって感謝しています。お互い自分のペースで大丈夫な方向に進んでいけますように!!これからもよろしくね。
就職ガイダンスがありました。講演して下さった方がおっしゃっていた、今から秋までに取り組むこと、それは「自己分析」。
ということで、2回目のカウンセリングでは、心理テストのようなことを行い、普段の自分、気づいていない自分、知っているけれど避けている自分などを一つずつ考えてみました。
顔は上げられるけれど下を向いてしまうこと、つらい感情を表に出せないこと、頭だけで理解・納得をして心にはためこんだままでいること、人と話すのが怖いと感じながらも、人と関わりたいという気持ちは持っていること・・・。
これらは、自分を考えていくうえで「そうかも・・・」と感じたことです。
向き合って話をするときに、気持ちを言葉にして最後まで伝える力。これを少し意識して、この場所を怖さにしないように、自分と向き合っていけたらと思いました。
スペシャルオリンピックス(SO)のコーチクリニック(バスケットボール)に行ってきました。SOのボランティア活動、日常のトレーニングコーチについては誰でも無条件で行うことができます。そうしたなかで、コーチクリニック(SOや知的発達障がいの知識、アスリートとの接し方などを学ぶ一日コース)と10時間以上の実務的な練習を経ると、公式行事にコーチとして参加できる「初級コーチ」の認定を受けることができるのです。
これからアスリートと関わっていくなかで、少しずつ距離感をつかみ、スポーツの楽しさ、上達の喜びなどを共有し、自分なりにさまざまなことを吸収していけたらと思います!!
障がいを持つ方を対象とする料理教室のボランティアに参加しました。講師の先生のもとで、5種類の料理を作りました。と言っても、主役は参加者なので、わたしは横で見守ることが前提でしたが・・・。
手が不自由な方が使いやすいように工夫されている調理器具等も最近はどんどん登場しはじめていて、使い方次第でその方の幅を広げることができ、“自分で作る、作れる”いうことが楽しみだけでなく自信にもなると思いました。料理はわたしの勉強にもなりましたし☆
そうしたなかで、刃物(包丁)やガスを使う「料理」において、“参加者の気持ちを尊重しながら、どのようにサポートしていくか”という難しさと大切さを感じました。
授業の合間に、カウンセリングを受けました。カウンセリングは、『基本的には自分を変える作業』だそうです。
わたしは、“今の自分の状態を整理したい”という気持ちがありました。「思いつくままに話していいんだよ」と言っていただいたのですが、何からどう話していいかまとまらず、心の奥をうまく言葉にできなかったりもしました。
“何を話したいか”話す前から考えていくよりは、その場で感じたままを表現したほうが、本当の意味で心を楽にできる気がします。来週も時間をとっていただいたので、少しずつ自分を出していけたらいいなぁと思います。
2005.05.12 機会と可能性
ゼミで映画『able/エイブル』をみました。知的障がいのある日本の少年2人が、アメリカのホストファミリーのもとで数ヶ月間暮らし、周囲の人々との絆を深めていく・・・“人間の可能性”について、大変考えさせられる物語です。
不安や戸惑いではなく、心のつながりを作っていこうとする。構えたことは要らない、彼らをそのまま受け入れること。涙もあるけれど障がいがあることを忘れるくらい、一緒にいることが自然になっていく、そんな過程がableにはありました。

『障害者はできないのではない。社会が彼らをできないと思って、できなくさせているのだ。』
これは、スペシャルオリンピックスの創始者、ユニス・ケネディ・シュライバーの言葉です。
“機会によって、可能性はどんどん広がっていく” そう実感する映画でした。
2005.05.05 自分の色
「イヤなものを好きになるのも大事かもしれないけれど、
イヤなものをイヤって言えるのはもっと大事だよね」

すごく納得した、友達の言葉です。自分から苦しさを作らなくていい。自分でいられるところ、自分でいようとする部分、自分の色・・・常に保てなくても、しっかり持っていたい。
同じようなとらえ方として、前を向くことだけではなく、「時には立ち止まる勇気、ゆっくり休むこと」 も大切にしたい、意味のあることなのだと思います。
バイト後、高校の友達のもとへ。みんなはすでに合流していたのですが、カラオケ&夜ご飯に間に合い、久しぶりの再会をしてきました。
一人の友達が、「違和感ないもんだねぇ」と言っていたけれど、日々みんな、何かしらの変化はあるんだけれども、それに気づかずにいる部分だったり、一緒にいて自然に感じるところがあったのかもしれないと思いました。違和感のないままで会えるのはすごく嬉しいことだし、友達の存在はずっと変わらないという安心ができて、これからも大切にしていきたいと改めて思いました☆