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2007.03.26 過去記事・4
Aron さん(2004年12月4日)
みらいさん、こんにちはっ♪
障がいのない立場からの意見なんだけど、いいですか?
分かってないのは百も承知でカキコしますので、つきあってもらえたらと思います。

障がいを持っているとそのことが重くのしかかって、もうすべて否定されるような気がすることありません?
実際には、ほかにも長所や短所がたくさんあって、障がいは自分の中の一部に過ぎないのに...もっと自信もっていいのに、構えることないのにって思います。たしかに障がいゆえにできないことはあるかもしれませんが、それは話してくれれば(これもイヤなことかもしれませんが)そのことで責めることはしませんし、できないことを要求もしません。世の中には人の欠点をあげつらってるような人もいますが、そういう人とはつきあうことないですしね。

人の魅力は障がいだけで決まるものじゃないと思いますが...

それと一般市民(=健常者:でも、健常じゃない人たくさんいますので、健常者という言い方したくないんです)にも心のバリアを持ってる人は少なからずいます。でも、障がいをもっている人にもバリアがあるような気がするのです。たぶん、見下されないようにという気持ちの裏返しなんでしょうけれど、強気でケンカごしの態度に出て「私たちのことを知りもしないで」「勉強してから話してください」って言う人たち...。本人としては自分のプライドを守るのに必死なのかもしれませんが、理解しようとしている人を深く傷つける姿勢や言葉なんですよね。そんなに構えなくても普通に仲間としてつきあいたいのに...そう感じることが少なからずあります。障がいを持っている人の中になかなか入れない、そういう悩みもあります。別に特別な目で見るつもりはないのに...
どう思われますか?遠慮のない意見をいただければと思います。

みらい@管理人
障がいを持っているとそのことが重くのしかかって、もうすべて否定されるような気がすることありません?
障がいゆえに起こったであろう、つらい体験を持っている方なら、そのことを思い出したり同じようなことの再体験によって、そのように感じやすいのでは?と思います。

実際には、ほかにも長所や短所がたくさんあって、障がいは自分の中の一部に過ぎないのに...もっと自信もっていいのに、構えることないのにって思います。
障がいを持っている方も、心ではわかっている気持ちなんじゃないかと思います。ですが、心の傷や不安になっていることのほうが大きい場合、そうした感覚を持ってしまっているんだと思います。その感覚を少しずつ変えていけたら、また、変えてあげる手助けができたら、心にある重い気持ちが軽くなるのではないでしょうか。

でも、障がいをもっている人にもバリアがあるような気がするのです。たぶん、見下されないようにという気持ちの裏返しなんでしょうけれど、強気でケンカごしの態度に出て「私たちのことを知りもしないで」「勉強してから話してください」って言う人たち...。
そんなに構えなくても普通に仲間としてつきあいたいのに...そう感じることが少なからずあります。障がいを持っている人の中になかなか入れない、そういう悩みもあります。
私の場合は、相手と接するときに、障がいゆえに苦労したり心の痛みを感じたことはありますが、「障害者」という言葉を意識的に感じたことはないんですよね(いわゆる障がいの度合いにもよるのでしょうけど…)。
ですが、Aronさんがいうような“心のバリア”は感じたことがあります。これは、Aronさんが書いてくれた「強気な態度」と、「どうみられるかという怖さ、緊張」の二つがあるのではと思います。私は、後者のほうを感じました。感じる必要はないのでしょうけど。 
一方が構えることによって、バリアは簡単に作られます。これは、ある意味、友達・恋人と気まずい関係になったとき、初対面の人に対してなども同じようなこと(その間の距離)が起きますよね?歩み寄ることで、気持ちが楽になる(バリアがなくなる)ならば、その延長にある、“一緒にいて自然な気持ち”が大切なのではないでしょうか?その気持ちを、お互いが少しずつ作ること。これが、心のバリアフリーなのかなって思います。

Aron さん
みらいさん、レスありがとうございます♪

障がいゆえに起こったであろう、つらい体験を持っている方なら、そのことを思い出したり同じようなことの再体験によって、そのように感じやすいのでは?と思います。
たしかに差別とかありますからね...人の欠点をあげつらって攻撃したりする輩もいますから。でも、そういう人って自分に自信がなくて自分より弱そうな相手を攻撃することでごまかしてるというとこあるんですよね。

その感覚を少しずつ変えていけたら、また、変えてあげる手助けができたら、心にある重い気持ちが軽くなるのではないでしょうか。
そうですね。そういうことができるといいのですけれど...
ボクは障がいを持っている人とは見ないようにしてます。例えばみらいさんはみらいさんなんですよね。でも、ちょっとしたことで差別してると誤解されることも少なくないので、難しさを感じてます。ボクも信用されるだけの人間性がないということなんでしょうか...

ですが、Aronさんがいうような“心のバリア”は感じたことがあります。これは、Aronさんが書いてくれた「強気な態度」と、「どうみられるかという怖さ、緊張」の二つがあるのではと思います。私は、後者のほうを感じました。感じる必要はないのでしょうけど。
たしかに怖いから構えてしまうってことあると思います。傷つきたくないからガードを固くしてしまう気持ちも分かります。ボク自身にもある気持ちですから...
でも、そのことで損をしてるのは結局本人なんですよね。それがもどかしいように感じます。
 
“一緒にいて自然な気持ち”が大切なのではないでしょうか?その気持ちを、お互いが少しずつ作ること。これが、心のバリアフリーなのかなって思います。
そうですよね。双方でつくっていくものですよね。
そのためには何度失敗しても否定されても声をかけていく必要がありますね。人を指導するなんて大それたことは考えてませんが、対等に常識を伝えるのに言うのも難しいと感じます。信頼関係ができててもなかなか受け入れてもらえなくてケンカ寸前までなってしまうこともありますので...精進あるのみなのかな?

みらい@管理人
そうですね。そういうことができるといいのですけれど...
私は、大学に入ってから、少しずつ感覚を楽にできています。
初めて言葉にした(苦しさを打ち明けた)あとに、つらいことをどんどん思い出してしまったんですよね。このまま涙が止まらないのではというくらい、泣いちゃいました。でも、ここから楽になっていけるんじゃないかって思ったんですよね(詳しくは、カテゴリー「Happyコミュニケーション」を参照してください)。
これからも苦しさがおそってくるかもしれません。だからこそ前を向くこと。落ち込みたいときは落ち込んでいいんですよ。少しずつその殻から出て行きたいと思えることが大切だと思います。ブログを通して、私も誰かの支えになれたら、ほんの少しでも自信を与えられたらいいなぁと思っています☆
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