FC2ブログ

カウントstart 2007.2.25
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2007.03.26 過去記事・6
momohina さん(2004年12月12日)
こんばんわ、二度目の訪問になります。
みらいさんのHP時々寄らせてもらっています。障害を持った方の気持ちが少しづつでも解っていけたらと自分なりに思っています。
私自身HP内容を変えてみたところ、色々なご意見をいただいたのですが、その中で、「健常者から新たな障害を与えることもある」ということを考えさせられました。
自分なりにその作ってしまう障害について、健常者と障害者の立場で考えた内容を自分なりに考えHPに載せてみました。一度読んで頂けたらと思っています。また、みらいさんの意見感想などを聞かせてもらえたらとも思っています。

みらい@管理人
HP拝見させていただきました。私も考えさせられる部分が多くありました。私はただの学生なので、ボランティアや何日かの実習でしか利用者さんとは接したことがなく、現場のことを実感として思ったり感じたりする経験はまだまだ浅いです。
ですが、私の障がいゆえの気持ちや、色んな方との関わりの中から、「健常者から新たな障害を与えることもある」ということに対して私なりの考えをお返事させていただきます。
援助する側が、「相手の思いをどれだけ受け止められるか」と述べられていましたが、私もそう思います。利用者は何らかの介助が必要なので入所(または社会資源の利用)をしているわけで、その場所を利用してくれているという意識、このことが援助者にとって大切なのではないでしょうか。
相手と接していく(知っていく)ときに、わからないなりの失敗もあると思うんですよね(心の面では特に)。そのことについては、次回へのつなげ方なんだと思います。つなげ方によって、利用者が感じるものとかも違ってくるのではないでしょうか。それが、momohinaさんがおっしゃる、「その中からお互いの関係が生まれてくる」ということなのかなぁと私なりに解釈しました。

障害者に対して「優しくすれば良いということではないようです」ということですが、一言で優しさといっても広いと思うのですが、自分はこの援助者に支えられている、この援助者は自分の目線で問題を一緒に考えてくれている・・・利用者の方が心からこのように感じられるケア(援助)なら、望む優しさなのではと思います。
なので、momohinaさんがおっしゃる「個別的な視点」を大切にして、無理に言葉をかけようとするのではなく、“共にいること”も相手を知っていく一歩であり、意味のあることだと私は考えます。普段私たちが悩みを抱えているときに、一番ほしいものを考えたら、悩みの答えではなくて、誰かがそばにいてくれる安心感だったりもすると思うんですよね。それと同じようなことかなぁと。
新たな障害を与える危険性は否定できない、ですが、抱えている障害を軽くできる可能性を持っているのも、現場の職員さんをはじめとした周りの方々のなのだと思います。うまくまとまらなくてごめんなさい。

momohina さん
貴重なご意見ありがとうございました。
見る側(職員、健常者)の姿勢についてはこれからの課題だと思っています。なかなか視点を変えれない方が多いようです。どこを観たら良いのかがわからないという意見が多いですね。あとは業務に追われてしまっていっぱいいっぱいになっている方ですかね。これが現実な様です。
焦らずに少しでも改善できるようにしていきたいと思っています。
優しさについてもこれからの課題として考えていきたいと思います。参考になりました。
スポンサーサイト
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。