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2007.03.26 過去記事・9
筑前守秀吉 さん(2005年4月14日)
はじめまして、今晩は。僕は、口唇口蓋裂の大学3年生です。
今までは、この病気について深く考えたり悩んだり悲しんだりする事は全く無かったのですが、大学に入ってからなんかすごく気にするようになってしまい(事実、大学ではジロジロ見られたり笑われたりする事が多々あります・・・)今では恋愛なんて夢のまた夢って感じでほとんど諦めてしまいました。。。
入りたい部活もあるのですが、部室に入っていく勇気が無くて、、、そんなこんなで自分にとって、大学生活とは鬱になる事と見付けたり、って感じです。すっかり人格が変わってしまったと言うか。。
なんか上手く言葉で表現できてないけど、まぁそんな具合です。

みらい@管理人
私も年々、意識してしまうようになっていました。これまで特別悩んだり落ち込まなかったからこそ、相手にわかってもらうことも、自分で状況を受け止めることも簡単ではないんですよね・・・。
筑前守秀吉さんのHPの日記、読ませていただきました。すごく共感した気持ちもありましたし、居る場所からどうしたら楽になれるのかわからず、不安定な状態に苦しんでいる姿も伝わってきました。私も、勇気を出せないとき、苦しむことだけうまくなってしまうときがときどきあります。その中で、自分を解放したり楽しい空間を見つけることほど大変なことはないですが、少しずつ言葉にできないモヤモヤを軽くしていけたらいいですよね。

筑前守秀吉 さん
「居る場所からどうしたら楽になれるのかわからず、不安定な状態に苦しんでいる」ような状態に見えました?って事は自分で思っている以上に結構重症かもしれませんね。。。
でも確かに不安定な状況で苦しんでいます。いや、普段学校とかでは周りには苦しんでいる状況を一切見せないようにしてるし、自分で自分を鼓舞してなんとか平静を装っているので、だからこそ逆に疲れてしまっている部分もあります。
正直楽しそうな大学生見ると嫉妬というか自分が嫌になります。大学生っていう条件では同じなのに、何でこうも差があるのかって、彼も人なり我も人なり、けれどこの差は何なんだ、と。
大学入ってもう3年。当初はこんな自分でも付き合ってくれる人がいるといいなぁなんて思っていろいろと頑張ってみましたが、とても無理な頑張りで、今となってはすっかり諦めてしまってます。と言うより無理した事の反発で、僕の事を嫌ってる人たちは沢山います。。たとえるなら日露戦争後無理な膨張政策でとうとう破滅した戦前日本のような。。
何はともあれ、普通の人のような大学生活を送れなかった事が大変悔しいです。なんだか愚痴ってばかりで、ごめんなさい。。

みらい@管理人
でも確かに不安定な状況で苦しんでいます。いや、普段学校とかでは周りには苦しんでいる状況を一切見せないようにしてるし、自分で自分を鼓舞してなんとか平静を装っているので、だからこそ逆に疲れてしまっている部分もあります。
そうですか。私も、苦しさを見せないというか、見せれないときがあります。でもそれなら、自分が自分を苦しめる一方なんですよね。私は自分の限界がどこなのかわからなかったんです。というより、苦しい部分を認めたくなかったのかもしれません。自己満足かもしれませんが、自分に妥協したくなかったんですよね。でも、不安定を受け入れていくのも自分なんです。なので、疲れたなぁと感じたら、ゆっくり休んだり、自分の好きなこと楽しいと思うことをどんどん追及していくといいのでは?と思います。

正直直楽しそうな大学生見ると嫉妬というか自分が嫌になります。
はじめは相手への感情だったのに、次第に自分への気持ちになってしまうんですよね。私もよくあります。でも、落ちたら上がるしかないんですよ。悲しんでいる自分にご褒美をあげたり、これは成長するための壁なんだととらえて、自信を持ちましょう♪

何はともあれ、普通の人のような大学生活を送れなかった事が大変悔しいです。
悔しさは、リベンジという力に変えられますよ!必ずしも学内でなくていいと思います。「自分はこの場所で、こうした充実感を得ている、自分に与えられた時間を満喫してみせる」こんな気持ちで、何か見つけられたらいいですね☆★

筑前守秀吉 さん
なんていうか、何でもかんでも病気のせいにしてはいけないけど、だけど大学入ってからは、かなりこの病気に足を引っ張られている気がします。
今、自分、文芸部に入りたいって思ってるんですけど、こんな自分なんかがいきなり部室入っていって話聞きに行っても絶対白眼視されるんじゃないかなって思ってしまってやりたい事もやれないし。
それに1年の時はソフト部に入っていたのですが、これはまぁ順調で(運動は実力主義ですから)試合とかも出してもらったりしてたのですが、一年~二年にかけての春休み・二年~三年にかけての春休み、での入院(手術)が決まったので、二年連続で春休みまるまる部活休むわけにはいかないので、結局一年の途中で辞めてしまいました。
じろじろ見られたりするような自分に恋愛は当然できるわけもなく、諦めてしまってます。。やっぱりどうしても、「もし、こんな病気じゃなかったらなぁ」とか考えてしまいますよね。手術だとか入院だとかで、人一倍苦労しているのに、人一倍嫌な事ばっかりですからね、やってらんねぇよって思えてくる時があります。。

みらい@管理人
今、自分、文芸部に入りたいって思ってるんですけど、こんな自分なんかがいきなり部室入っていって話聞きに行っても絶対白眼視されるんじゃないかなって思ってしまってやりたい事もやれないし。
じろじろ見られたりするような自分に恋愛は当然できるわけもなく、諦めてしまってます。。
もしもですよ、疎遠の態度をとられたとしても、こちらは何も悪くないわけじゃないですか。これから出会う壁、越えなければいけない場所って正直いっぱいあると思うんです。でも勇気を出すことが怖くて、諦めるだけの自分になっちゃたら悔しいし苦しいじゃないですか。
人を好きになる気持ちは、どんな病気や障がいを抱えていても持ってていい気持ちですよ!伝えていい気持ちですよ!それを自分で、病気のせいにしちゃったら苦しいですよ。焦らず自分を好きになることからはじめましょう☆★

やっぱりどうしても、「もし、こんな病気じゃなかったらなぁ」とか考えてしまいますよね。手術だとか入院だとかで、人一倍苦労しているのに、人一倍嫌な事ばっかりですからね、やってらんねぇよって思えてくる時があります。。
この気持ち、私も感じたことがないといえば嘘になります。日々の出来事のどれが一つでもいい、自分を受け入れることが、気持ちを楽にする一歩かなって思います。

筑前守秀吉 さん
大学入るまではこんなんじゃなかったんですけどねぇ。。
大学入って、それまでの自分が死にました。
一番の原因は、入学当初特に授業とかで、周りの人に(主に女子)ジロジロ見られたり、時には露骨に笑われたりとか。新しい環境(大学)を迎えてただでさえ緊張しているのに、そういうふうな事があって、あぁやっぱ自分は普通じゃないんだなって思ってしまって。
それでも、好きな人とかできたりしたんだけど、当然ながらどの人ともうまくいかなくて、うまくいかないどころか、告白してしまうと異様な程冷たくなってしまうような感じで。。それでも1・2年は闘志があったのですが、3年生になった今では、もうスッカリ自信もファイトも無くなってしまいました。。

みらい@管理人
大学入って、それまでの自分が死にました。
この一行、すごく痛いです…。

一番の原因は、入学当初特に授業とかで、周りの人に(主に女子)にジロジロ見られたり、時には露骨に笑われたりとか。新しい環境(大学)を迎えてただでさえ緊張しているのに、そういうふうな事があって、あぁやっぱ自分は普通じゃないんだなって思ってしまって。
私は女性ですが、異性にそのような態度をとられたらやっぱり苦しいです。どう見られているのか気になって、悪い方向にばかり考えてしまって、接するのにすごく勇気が必要になると思います。
福祉という枠(学部)が関係しているかわかりませんが、大学では優しい人に恵まれていると思います。なので今は、小・中学校のときよりはそれほど意識せずに過ごせています。
私は病気(障がい)のすべてを受け入れられたわけではありません。ですが、気にしていなかったときの「ありのままの自分」を取り戻すために、免疫をつけなきゃいけない(周りの状況を受け止め、乗り越えていく)ところってあると思うんです。
“病気を知らない、痛みを考えようとしない”このことによって苦しい気持ちを感じてしまうのは理不尽かもしれない、ですが、「普通じゃない」と感じる必要はないんです。いろんな人がいる、いろんな感じ方や受けとめ方がある。そう考えたら、「普通」って何だろうって思いませんか?それぞれの色があって、当たり前。私もまだまだ手探り真っ最中です。ゆっくりゆっくり、元に戻っていきましょうよ☆
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