2005.06.16
安心を感じた時間
先週、久しぶりに先輩と会いました。この先輩とは、「Happyコミュニケーション」1&3〜5の方です。
8月からはじまる実習の緊張もあるのですが、最近は自分でもわかるくらい、人との関わりに“怖さ”を持ちすぎていました。ゆっくり話をしていくなかで、わたしの呼吸を楽にしてくれて、安心をくれました。
友達といるときも聞き役が多くて、自分の心の深い部分をなかなか相手に見せられなかったり、カウンセリングでも言葉にできない不安があったので、先輩の存在はすごく大切なものになっていることを改めて感じた時間でした。同時に、わたしからも先輩に、少しでも安心や元気を送れていたらいいなぁと思いました☆
8月からはじまる実習の緊張もあるのですが、最近は自分でもわかるくらい、人との関わりに“怖さ”を持ちすぎていました。ゆっくり話をしていくなかで、わたしの呼吸を楽にしてくれて、安心をくれました。
友達といるときも聞き役が多くて、自分の心の深い部分をなかなか相手に見せられなかったり、カウンセリングでも言葉にできない不安があったので、先輩の存在はすごく大切なものになっていることを改めて感じた時間でした。同時に、わたしからも先輩に、少しでも安心や元気を送れていたらいいなぁと思いました☆
2005.04.17
自信と勇気
先週に引き続き、パソコン教室のサポートをしました。
地域には、まだ知らないたくさんの方がいます。たとえマイノリティであっても、それぞれのニーズを必要としていると思います。それに即した社会資源を提供していけることが、福祉の目標、役割ではないでしょうか。
自分を開放できる場所を、怖さにしてしまうときもある。これからもいろんな人と出会って、関わって、たくさんの気持ちを感じて、自分をもっと知って好きになりたい。自信を持つこと、勇気を出すこと・・・ありきたりかもしれないけれど大切な気持ちだよね。
地域には、まだ知らないたくさんの方がいます。たとえマイノリティであっても、それぞれのニーズを必要としていると思います。それに即した社会資源を提供していけることが、福祉の目標、役割ではないでしょうか。
自分を開放できる場所を、怖さにしてしまうときもある。これからもいろんな人と出会って、関わって、たくさんの気持ちを感じて、自分をもっと知って好きになりたい。自信を持つこと、勇気を出すこと・・・ありきたりかもしれないけれど大切な気持ちだよね。
2005.04.10
苦しさの受け止め方
障がいのある方が対象の、パソコン教室のボランティアに行ってきました(これは、「Happyコミュニケーション・2」でも触れたことがあります)。
新しく会う参加者の方もいて、みなさんの一生懸命な姿が伝わってきました。相手の心を受け取る難しさもありますが、だからこそ、それを実感したときの嬉しさ、コミュニケーションの楽しさがあると、わたしは思っています。
一方、苦しい気持ちでいっぱいの自分もいました。日々の色んなことが積み重なって、それを病気に結び付けてしまっていたんです。ボランティア先の相談員の方に、抱えていることを聞いてもらいました。
そして・・・「治る」とはどういうことなのか、考えさせられました。
抱えていることも含め、わたしはわたしであるから、「どうとらえるか」が大切だということ。傷になる場面もあるかもしれない、それでも自分のために乗り越えるための免疫をつけなければならない、だけど、“病気=悪いモノ”と考えて自分を否定したり自信をなくす必要は何もないということ。わかりあえないと感じる人とも、どこかでは一緒のところがあって、つながっている、それなら、そこを見つけていこうということ・・・。
話していくとき、言葉にできなくなって苦しかったです。悩んでいることでは、ずっと人前で泣いたことはなかったけれど、抑えきれなくなって泣いてしまいました。でも帰りは、いつのまにか気持ちが軽くなっていて、自分も相手に安心を伝えられるソーシャルワーカーを目指したいと思いました!!
新しく会う参加者の方もいて、みなさんの一生懸命な姿が伝わってきました。相手の心を受け取る難しさもありますが、だからこそ、それを実感したときの嬉しさ、コミュニケーションの楽しさがあると、わたしは思っています。
一方、苦しい気持ちでいっぱいの自分もいました。日々の色んなことが積み重なって、それを病気に結び付けてしまっていたんです。ボランティア先の相談員の方に、抱えていることを聞いてもらいました。
そして・・・「治る」とはどういうことなのか、考えさせられました。
抱えていることも含め、わたしはわたしであるから、「どうとらえるか」が大切だということ。傷になる場面もあるかもしれない、それでも自分のために乗り越えるための免疫をつけなければならない、だけど、“病気=悪いモノ”と考えて自分を否定したり自信をなくす必要は何もないということ。わかりあえないと感じる人とも、どこかでは一緒のところがあって、つながっている、それなら、そこを見つけていこうということ・・・。
話していくとき、言葉にできなくなって苦しかったです。悩んでいることでは、ずっと人前で泣いたことはなかったけれど、抑えきれなくなって泣いてしまいました。でも帰りは、いつのまにか気持ちが軽くなっていて、自分も相手に安心を伝えられるソーシャルワーカーを目指したいと思いました!!
2005.03.26
開放できる場所
友達のところに遊びに行ってきました。いつもと違う場所に行って、違う風に吹かれたいという気持ちがありました。というのは、バイトを始めてから、人と接することが怖くなったりして、少しでも気分転換がしたかったんですよね。
自分が注意できたところももちろんあって、次はどうしたらいいいか、どこを気をつけていけばいいかを考える。そして、わかりやすいようにゆっくり話すようにすると、聞き取りやすさが違ってくるのかもしれない。それでも、発音は限界があると思う。このことを受けとめていくのは苦しいけれど、これも前に踏み出す一歩なのかもしれない。
何でもプラスにとらえようとしても、心では難しかったりする。それなら、気晴らしを取り入れると楽になると思う。ゆっくり語れたとかじゃないけど、見慣れない風景をみることも、心を開放してくれる手助けをしてくれた気がする。これからも、開放できる場所を大切にしていきたい。
自分が注意できたところももちろんあって、次はどうしたらいいいか、どこを気をつけていけばいいかを考える。そして、わかりやすいようにゆっくり話すようにすると、聞き取りやすさが違ってくるのかもしれない。それでも、発音は限界があると思う。このことを受けとめていくのは苦しいけれど、これも前に踏み出す一歩なのかもしれない。
何でもプラスにとらえようとしても、心では難しかったりする。それなら、気晴らしを取り入れると楽になると思う。ゆっくり語れたとかじゃないけど、見慣れない風景をみることも、心を開放してくれる手助けをしてくれた気がする。これからも、開放できる場所を大切にしていきたい。
2005.03.17
ハタチからのわたし
昨日、ハタチになりました!あまり実感はないのですが、十の位が違うせいか(?)19と20の違いって大きいんだなぁと感じています。もう戻れない時間もあるわけで、誰でも過去を振り返ると思うのですが、そこから自分はどんな力をもらって、これからの糧にしていけるかが大切なのではないでしょうか?これができると、苦しい体験も自分が成長するための出来事だったんだと受けとめられる気がします。
わたしは「口唇口蓋裂」という病名を親から教えてもらったことはないのですが、知った理由について少し触れたいと思います。何かの病気だということは、入院や通院をしていた以上、検討がつきますよね?高3の秋、“生まれたときから”だということを聞かされました。大学に入ってから、本やネットを通して同じ症状を探し、腰の痛みで通院していたとき(大1の冬〜大2の夏)に病院の先生がこぼした「口蓋裂の・・・」というお話、そのあとで確信したのは、偶然みつけた母子手帳の1ページでした。
ほぼ予想できていたことですが、気持ちは苦しくてたまりませんでした。確かに、小さいときに説明されても理解できなかったかもしれない、でも、自分でこのことを知ったとき、それはもどかしさのはじまりだったのです。
自分のことなのだからもっと知りたい、情報を集めたい、そう思っても、具合が悪くなって、何も考えたくない日もありました。だけど、自分では気づかなくても、少しずつ受けとめられるようになってきているので、こうしてHPを作ることができたし、言葉にすることができているのだと思います。
思えば、“チガウ自分”を気にしつつも、意識しないでこれた場面が多かった。そう考えると、病名を教えないできた親には感謝なのかもしれない。知ったことで、それまでなかった壁を自分で作ってしまったけれど、一度の人生の中で自分に与えられた、「生きるための壁」なのかもしれない。闘いは続いていくけれど、闘いがある人生のほうがわたしは好き!!ハタチからまた、自分探しの旅を楽しみたい☆☆
わたしは「口唇口蓋裂」という病名を親から教えてもらったことはないのですが、知った理由について少し触れたいと思います。何かの病気だということは、入院や通院をしていた以上、検討がつきますよね?高3の秋、“生まれたときから”だということを聞かされました。大学に入ってから、本やネットを通して同じ症状を探し、腰の痛みで通院していたとき(大1の冬〜大2の夏)に病院の先生がこぼした「口蓋裂の・・・」というお話、そのあとで確信したのは、偶然みつけた母子手帳の1ページでした。
ほぼ予想できていたことですが、気持ちは苦しくてたまりませんでした。確かに、小さいときに説明されても理解できなかったかもしれない、でも、自分でこのことを知ったとき、それはもどかしさのはじまりだったのです。
自分のことなのだからもっと知りたい、情報を集めたい、そう思っても、具合が悪くなって、何も考えたくない日もありました。だけど、自分では気づかなくても、少しずつ受けとめられるようになってきているので、こうしてHPを作ることができたし、言葉にすることができているのだと思います。
思えば、“チガウ自分”を気にしつつも、意識しないでこれた場面が多かった。そう考えると、病名を教えないできた親には感謝なのかもしれない。知ったことで、それまでなかった壁を自分で作ってしまったけれど、一度の人生の中で自分に与えられた、「生きるための壁」なのかもしれない。闘いは続いていくけれど、闘いがある人生のほうがわたしは好き!!ハタチからまた、自分探しの旅を楽しみたい☆☆
